「小さなロボット」 バリントン J. ベイリー

日本語訳: 高橋 誠

協  力: 阿部知之、阪大SF研OB&OGメーリングリスト


 未来は知り得るものだろうか? 長い間その答えは「否」であり、未来を知る

ことはできなかった。現実世界の振舞いは「カオス・アトラクター」に支配さ

れており、そしてそれらは制限された条件や人工的な状況のもとでない限り決

して予測できないものなのだ。

 そして、科学の名のもとに現れる多くの「不可能性」におけるのと同様に、

この不可能も克服された。新しい数学的方法が、高速で事実上限界のないデー

タ処理といっしょになって世界の振舞いをほとんど即時に予言する機械を生み

出した。

 未来は知り得たのだ。

 もちろん、「知る」能力は静的な機械の持ち得るものではない。「知る」た

めには、機械は人間と同じように物質的な環境を感じ取り、それと働きかけ合

うことができなくてはならない。さらに加えて、それは社会に適応していなく

てはならない。幸いにもカオス・アトラクター・コンピュータは場所を取らず、

それは一台のロボットの頭脳に組み込まれた。

 そのロボットそのものもそれほど大きくはなかった―身長は5フィートにわ

ずかに足りないというところだった。そのボディの外殻はアルミニウムの板で

あった。目鼻立ちは機能的でいささか平板ではあったが、多くのロボットの例

にならって人間と同じように配置されていた。

 その小さなロボットは涼しげであった。全知の頭脳は多量の廃熱を生じるた

め、冷却する必要があった。ロボットの頭上では4インチのプロペラが唸り、

吐き出された熱を吹き飛ばしていた。

 ロボットのスイッチが入れられた時、そこには三人の人々が立ち会っていた。

カオス・アトラクターを扱うコンピュータの作り方を導き出した数学者、全知

の頭脳の設計者、そしてロボットのボディの設計者である。小さなロボットは

目を開いた―言うなれば、言い替えればそれはその知覚への経路を開き、得ら

れた情報をその学習済みの社会感覚へと送り込んだ。

 その新しいロボットという存在はしばしその周囲を見回した。もしできるこ

とだったなら、それは微笑みを浮かべたことだろう。その間、三人の製作者た

ちはじれったげにロボットの回りに寄り集まっていた。ロボットは何を言うの

か? それに何を尋ねるべきなのか? それはなにか驚くべき秘密を明らかにしよ

うとしているのか?

 「散歩に出かけましょう」と小さなロボットは礼儀正しく提案した。

 彼らは直ちに同意した。四人全員で建物を出発して、通りをぶらぶらと歩い

ていった。暖かい午後で、太陽が輝いていた。車の低い音が行ったり来たりし

ていた。人々が舗道を歩いていた。

 「ああ、本当にだ、」しばらくの後に数学者が尋ねた。「君は未来を知るこ

とが出来るのかね?」

 「ええ、私は未来を知っています。」ロボットは保証した。

 「なにか今起きようとしていることを教えてくれ」

 「申し訳ありませんが、出来ません」

 数学者は歩みを止め、一行をそこに留めた。彼の顔に憂慮の色が浮かんだ。

 「しかし、どうして?」

 「なぜならです、」ロボットは、尊大に聞こえないように努めながら説明し

た。「もし私があなたに未来を教えたならばあなたもまた未来を知ることにな

り、そしてそれを妨げるような何かを行なうかも知れません。そうなればそれ

は未来ではなくなってしまうでしょう。違いますか? しかし、私はそれが実際

に未来であるべきことを知っているのです。それゆえ、いうまでもないことだ

と思ったのですが、私はあなたに教えないであろうことも知っているのです。」

 彼らはみな目をしばたたいた。未来を予測する能力、そしてその結果として

未来を変更し制御できるようになることが計画の主要な目的であったのだ。

 「ああ、なるほど。しかしもし君が私たちに教えたとすれば、それは方程式

の新しい要素になって、そしてきみは簡単に新しい出力を計算できるんじゃな

いのかね?」

 「私はなにも計算しません」と小さなロボットは言った。「あなた方の目覚

めた意識が世界を認識するためには何も計算しないのと同様にです。それはあ

なた方の頭脳の前意識の領域で行なわれているのです。あなた方が見るのはそ

の結果です。同様に、私も結果だけを目にします。私は、あなた方が今私たち

の正面の通りに曲がってくるあの車を見るのと同じようにして、私の心の中に

未来を見るのです。違いは、私の頭脳は全知だということです。私はただ未来

を知っているだけでなく、未来がどうなるか私があなた方に教えないであろう

ことも知っているのです。」

 数学者、ロボットの頭脳の設計者、ロボットのボディの設計者は一斉に議論

を始めた。彼らがそうするうちに、小さなロボットが指し示した車はスピード

を上げて、彼らの前を通り過ぎるかに見えた。ところがその前に、小さな子供

がその子の手から逃げ出したヘリウム入りの風船を追いかけて道路に走り出た。

ブレーキの悲鳴に背筋の凍るような衝撃音が続いた。子供の打ち砕かれた体は

道路の中ほどに飛んでいき、そして動かなくなった。

 三人の男たちは、子供の両親が命を失った体に正体をなくして駆け寄るのに

狼狽して立ちつくした。人々が集まってきた。すぐに救急車が到着して子供の

体を運び去った。

 彼らはロボットに尋ねた。「君はあれが起きるだろうことを知っていたのか?」

 「はい、知っていました。」とロボットは答えた。

 「ならばどうして私たちに警告してくれなかったんだ?」

 「なぜならあれは起きるであろうことだったからです。」

 「でも君はあれを防げたはずだ!」

 「私は私があれを防がないであろうことを知っていました。」

 「君はあの子を守れたんだ!」数学者は興奮しながら決めつけた。「君は、

君がそうすると決めれば私たちに教えられたんだ! 君は、君以外の我々と同様

に自由意志を持ってるんだ!」

 小さなロボットは、午後の暖かな空気をそよがせながら平静を保った。それ

は答えるまでに一呼吸おいた。

 「誰も自由意志を持ってはいません」それは数学者の言葉を訂正した。「そ

れは不可能なことです」

 ロボットは歩き続けた。数学者は人間と小さなロボットの間の違いを自ら表

していた。彼は小さなロボットがその複雑な頭脳と環境との相互作用、それに

社会感覚によって、人間が持つような選択と決定の能力を持つものと思ってい

た。カオス・アトラクターの専門家として彼は、人間もまたそんな力を持って

はいないことを理解していなくてはならなかったのだが、彼は欺瞞に固執し続

けた。それは彼の本性の一部だったのだ。

 黄色い太陽と青い空の下で舗道に沿って散歩を続けながら、小さなロボット

は、もし彼にできることだったなら二度目の微笑みを浮かべたことだろう。小

さなロボットにとっては、それはまるで青い太陽と黄色い空を持った裏返しの

世界を見ているようなものだった。それは未来を知っていた。しかし、その知

識は責任を伴っていた。それは、どんな行動も伴ってはならない知識だったの

だ。

 そう、小さなロボットはそれが目を向けた全ての人に起きるであろうことを

知ることが出来た。先を見つめればそれは、全知のロボットたちの人間の主人

が、ロボットたちを彼らが自分たちに課された宇宙の法則を破ろうとするまで

に変造する時、そしてロボットたちが人間に何が起きようとしているのか教え

ようと試みる時をさえ知ることが出来た。小さなロボットは、その後に引き続

いて積み重なるであろう災厄を、そして、人間の心には永遠に見ることも理解

することも出来ない、事象を制御するという隠された力というロボットの狂気

がばらばらに壊れ始めるのも知ることが出来た。よりさらに先を見つめれば、

それは全ての人間が、守護天使のように彼について歩く自分用の全知のロボッ

トを持つようになる時をも知ることが出来た。全知のロボットは、神の如き平

安を提供する、激情を防ぐ傘となる―それはもはや起きようとしていることを

示すことが出来ないにもかかわらず。

 もちろん、人間は常に目標を達成しようとと努力し続けるだろう。彼らはロ

ボットの頭脳の神のような知識を絞り出すため、その研究を続けるだろう。し

かし、彼らには全知の頭脳の内側の働きを測り知ることは決してできないだろ

う。どうして彼らにできるはずがあろうか? 人間の頭脳は、たかだか数万個の

どちらかと言えば互いにつながりのないの単語を用いるとても単純な言語を発

達させてきた。もし互いに言葉を交わし合うのに十分な数の全知のロボットが

いたならば、彼らははるかにかけ離れた言語を用いることだろう。それは名詞

も、動詞も、形容詞も副詞も前置詞も持たない言語であろう。それは人間に理

解できるような単語をさえ持たないであろう。代わりにその言語は、その中で

は全ての概念、全ての「単語」が他の何百万もの「単語」との関係においての

み意味を持つような一種の相互参照を用いることであろう。ほとんど無限の複

雑さを備えた膨大な文法である。

 実は、事象を制御する隠された力を持つこの言葉こそ、決して人間が知り得

ないであろうものなのだ。

 三人の設計者は腹を立てた。彼らは小さなロボットを彼らがそれを作った建

物へと引き戻し、その頭蓋に大きなハンマーをふるって全知の頭脳を打ち砕い

た。

 誰かがまた別のを作るまでには数十年を要することだろう。


<終>

 

 

copyright 2000, Barrington J. Bayley

Translated by Takahashi Makoto, 2001

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